《全 文》 地裁

【文献番号】   28060934

所得税更正処分等取消請求事件
東京地裁平成八年(行ウ)第八九号
平成一三年三月二八日民事第三部判決

       判   決

原告 《甲1》
右訴訟代理人弁護士 金子博人
被告 目黒税務署長 《乙1》
右指定代理人 小池充夫
同 磯野宏
同 屋敷一男
同 松本好正

       主   文

一 被告が原告の平成二年分の所得税について平成六年一月三一日付けでした更正処分のうち納付すべき税額六六八五万〇一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし審査裁決により増額変更された後のもの。)を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。

         事実及び理由

第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
一 本件は、原告が、被告がした原告の平成二年分の所得税に係る更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし審査裁決により増額変更された後のもの。)には、原告が所有していた土地の譲渡所得に係る譲渡収入金額の計算に違法があると主張して、その取消しを求めているものである。
二 前提事実(争いのない事実)
1 原告と《甲2》(以下「原告ら」という。)は、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件譲渡土地」という。)につき共有持分を二分の一ずつ有していたところ、平成元年四月二六日、右土地を、三井不動産販売株式会社(以下「三井不動産販売」という。)及びA(以下「A」という。)に対し、代金五億八〇〇〇万円で売却する旨の契約(以下「本件譲渡契約」という。)を締結した。
 他方、原告らは、右同日、別紙物件目録二記載の土地(以下「本件購入土地」という。)を、三井不動産販売から代金四億円で購入する旨の契約(以下「本件購入契約」といい、本件譲渡契約と合わせて「本件各契約」という。)を締結した。
2 本件各契約の締結に至る経緯等の概要は、以下のとおりである。
(一)Aは、本件譲渡土地に隣接する土地(東京都目黒区東山×丁目××××番×、同所××××番×及び同所××××番×所在の土地。以下「本件開発土地」という。)を所有し、その土地を数名に賃貸していたが、昭和六二年一二月二三日、三井不動産販売との間で、本件開発土地上の借地権を買収し、本件開発土地を敷地とした共同ビルの建設を目的とする事業(以下「本件事業」という。)を共同で行うことを合意した。
本件譲渡土地、本件開発土地及び本件購入土地の位置関係は、別紙図面のとおりである。
(二)三井不動産販売は、平成元年三月一四日付けで、本件開発土地の一部である本件購入土地上に存在していた借地権付き建物を、借地権者であるB及びCから、それぞれ代金二億五〇〇〇万円及び三億八〇〇〇万円で購入した。さらに、三井不動産販売は、平成元年四月二六日付けで、Aから本件購入土地の底地部分を代金一億六〇〇〇万円で購入した。(三)本件譲渡土地は、本件開発土地に囲まれる位置にあったことから、
原告らは、本件事業に協力することとし、前記1のとおり、本件譲渡契約及び本件購入契約を締結した。

(四)その後、本件購入土地の一部が他人により占有されていたこと(以下「越境問題」という。)が判明したことから、原告らと三井不動産販売は、平成二年八月二〇日付けの「売買価格変更等の覚書」(以下「本件覚書」という。)により、本件購入土地契約における売買価格を三億九六一四万三一二〇円とすることに合意した。
(五)原告らと三井不動産販売は、本件譲渡契約及び本件購入契約に係る各代金の決済につき、本件購入土地の代金相当額については、相殺することとし、本件譲渡土地の代金の残額一億八三八五万六八八〇円(以下「本件差金」という。)については、小切手により支払われた。
3 原告らは、本件譲渡契約によって発生する譲渡所得を計算するに当たり、その基礎となる収入金額は代金額である五億八〇〇〇万円であると考え、平成二年分の所得税の確定申告において、本件譲渡土地のうち原告所有に係るものの譲渡収入金額価額を二億九〇〇〇万円、分離長期譲渡所得金額を二億七四四〇万円と申告した。
4 被告が原告に対してした更正処分(以下「本件更正処分」という。)、過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)、右各処分に対する原告の不服申立等の経緯は、別表のとおりである。
 被告が本件更正処分等の根拠とするのは、要するに、本件譲渡契約と本件購入契約とは一体として補足金付交換契約とみるべきものであって、これによる原告らの収入金額は、代金の差額一億八〇〇〇万円と本件購入土地の時価の合計額であるところ、本件購入土地の時価は三井不動産販売の仕入額である七億九〇〇〇万円とみるのが相当であるから、原告らの収入金額は合計九億七〇〇〇万円、そのうち原告分は四億八五〇〇万円になるというものである。
三 争点
 本件の争点は、本件譲渡土地の譲渡収入金額の評価如何であり、具体的には、次の点であり、これらの点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
〔1〕本件各契約は一体のものとして交換契約と解すべきか否か
〔2〕本件各契約を一体のものとして交換契約と解した場合、本件譲渡土地の譲渡収入金額は、三井不動産販売が本件購入土地の借地部分及び底地部分を取得するに当たって支出した価格の合計額に本件差金を加えた額とすべきか否か
〔3〕本件各契約が一体のものではないと解した場合、本件譲渡契約において合意された売買代金をもって譲渡収入金額とすべきか否か
(被告の主張)
(一)本件譲渡土地の譲渡等の経緯、原告らの取引動機・目的、履行の形態などからすれば、原告らは、密接不可分である一連一体の取引を形式的に分断して本件譲渡契約と本件購入契約の二本立ての契約を行ったにすぎず、本件各契約による取引(以下「本件取引」という。)は、原告らが、本件譲渡土地の譲渡の対価として、本件購入土地及び本件差金一億八三八五万六八八〇円を受領したもの、すなわち補足金(本件差金)付交換契約であると認められる。
その理由を敷衍すれば、以下のとおりである。
(1)交換契約について
 ある取引が売買契約であるか交換契約であるかは、諸般の事情により決せられる契約解釈の問題であるが、売買契約が交換契約と異なるのは、対価的意義を有する当事者双方の給付のうち、一方の給付が代金の支払、すなわち金銭的価値に注目した金銭所有権の移転である点に尽きるのであるから(民法五五五条、五八六条)、右契約解釈に当たっては、当事者がいかなる給付に対価的意義を認めていたかが重視されるべきである。
(2)本件取引の契約解釈
 課税は、私法上の行為によって現実に発生している経済効果に則してされるものであるから、第一義的には私法の適用を受ける経済取引の存在を前提として行われるが、課税の前提となる私法上の当事者の意思を、当事者の選択した表面的・形式的な意味によってではなく、当事者の合理的意思、契約に至った経過、前提事実等を総合的に解釈して認定し、課税要件への当てはめを行うべきである。
(3)被告は、本件取引における当事者の合理的意思、契約に至った経緯、前提事実等を踏まえ、本件取引が補足金付交換契約に基づく実質的交換である理由について、次のとおり主張する。
ア 原告らとAは、昭和六三年一月二五日、本件事業の目的達成のために、Aが、本件購入土地上の各借地権者に働きかけて可及的速やかに立ち退くことを確約させるように努力すること、立退きの確約が得られた後に、Aと原告らとの間で本件譲渡土地と本件購入土地との交換をすること等を内容とする協定を結んでおり、原告らは当初から交換の意思をもって本件取引に臨んでいた。
イ 本件取引において作成された本件譲渡契約書及び本件購入契約書には、それぞれ、「代金」の支払が約定されており、契約書自体を見れば、あたかも金銭を対価とした売買であるかのように見えるが、交換差金の一億八三八五万六八八〇円以外は、契約書の約定とは相違して、すべて相殺処理され、実体としては補足金付交換契約と何ら変わらない取引である。
ウ 本件購入土地の売買契約が締結された後に生じた本件購入土地の越境問題等の解決までの経緯は、三井不動産販売が、越境問題等の和解金を本件購入土地の契約書に記載されている売買価額四億円から求められる一平方メートル当たり一九〇万余円の単価により算定したのに対し、原告らは、一平方メートル当たりの単価を七五六万余円として算定しており、その額は、三井不動産販売における本件購入土地の取得価額の合計額七億九〇〇〇万円に
本件差金一億八〇〇〇万円を合算した九億七〇〇〇万円を、その面積一三〇・三四平方メートルで除して計算された金額七四四万余円と極めて近似した金額である。
このように、原告らが、本件譲渡土地の真実の価額ともいえる金額を認識していたからこそ、この価額を基礎に右和解金を算定したのであり、右事実は、本件譲渡契約と本件購入契約が相互に密接不可分の相関関係にあったことを窺わせるものであり、取引の経緯を併せ考慮するならば、本件取引が各別の売買契約であると解することは到底できない。
エ さらに、右越境問題等の解決のために、原告らが三井不動産販売にあてた平成元年一一月一四日付けの催告書には、本件取引は同時履行すべき約束であり、本件購入契約が解除されることになると本件譲渡契約も解除される旨の記載があることも、右ウで述べたことを裏付けるものである。
オ 営利を目的とする法人である三井不動産販売が、合計七億九〇〇〇万円で購入した本件購入土地をその半値に近い四億円で原告らに譲渡すること自体が、経験則に反するものであり、これは当事者の真実の意思が本件譲渡土地と本件購入土地の交換であったものを、売買という法形式に置き換えることにより、当事者が税負担を免れるために意図的に算出された価額であり、実質的な経済価値の所得をもって所得であるとする所得税法上の所得概念に照らして、
到底容認することはできないというべきである。
カ 本件取引は、原告ら、三井不動産販売及びAの次に述べる三つの条件を同時に達成するために、各契約金額が相互に調整操作されたものであり、本件取引の各売買契約書に記載された代金額は、各資産との間に対価的意義を有した経済的合理性のある価格とは認められない。
〔1〕Aは、本件底地を売却した後、原告らが所有していた本件譲渡土地の共有持分三割を取得することができるよう資金調達する必要があった上、本件底地の売却に係る税負担を六〇〇〇万円以内にとどめる必要があったこと。
〔2〕原告らは、本件譲渡土地を譲渡して税金等を支払った後、代替地である本件購入土地を、自己資金の持出しをすることなく取得する必要があったこと。
〔3〕三井不動産販売は、本件事業全体を考慮に入れ、約一〇億八〇〇〇万円を上限として、この金額の範囲内で本件譲渡土地を取得する必要があったこと。
(4)以上のとおり、各売買契約書に記載された各資産の代金額は、その金銭的価値と各資産の価値との均衡を全く考慮せず、三井不動産販売の事業予算の枠内で、A及び原告らの条件達成のために作成されたスキームにしたがって計算されたものにすぎず、その証拠に、本件差金を除いた代金債権は契約と同時に相殺され、これを行使することが全く予定されていないことからも、両当事者において、現実に出捐する各資産及び本件差金以外に、真に代金債務を負担する意思があったとみるべき余地はないのである。
 また、仮に右相殺及び本件差金の支払が、真に本件契約等に記載された個々の資産の対価としての代金債務を消滅させるものであれば、それぞれによって消滅すべき代金債務を特定する必要があるところ、右相殺に当たって、本件契約等に記載された代金債務のうち、いずれをどの範囲で消滅させるかという合意が当事者間でなされた事実は認められない。

 そして、各別の売買契約の方式を採用したのは、右(3)カで述べたところの三者の条件を同時に満たすためであり、このように、ある法形式が、その本来予定する経済的効果とは異なる効果を得る目的で採られた場合、契約の解釈は、採用された法形式に拘束されるものではない。また、そのような法形式により右の対価的意義に関する当事者の意思が変更されたとも解されない。
 さらに、本件取引を各別の売買契約と解すると、一方の契約を解除したとしても、他方の契約を当然に解除することはできないことになろうが、本件取引において、これらの結果が両当事者の意思に反することは明らかであり、また、現実にも原告らは、三井不動産販売に同時履行の抗弁権を主張し、三井不動産販売においても原告らの要求を受け入れているのであるから、両当事者の真実の合意は、まさに、交換以外の何物でもないのである。 前記第一で述べた本件譲渡土地の売却等の経緯及び右(3)で述べた事実
を総合勘案すれば、原告らにとって、本件譲渡契約は、それ自体で原告らの経済的目的を達成させるものではなく、代替土地及び税金等諸費用相当額の金銭の取得という経済的利益を得て初めて、契約における経済的目的が達成されるものなのである。
 他方、三井不動産販売にとっても、本件購入契約は、それ自体で意味があるものではなく、本件購入契約によって原告らに代替土地を提供するのと同時に本件譲渡契約によって本件譲渡土地を取得することにこそ経済的目的があり、両当事者が、右各売買契約書に記載された代金額と各資産との間に対価的意義を認めておらず、本件譲渡土地と本件購入土地及び本件差金との間に対価的意義を認めていたことからすれば、各売買契約書は、税負担の軽減を図るという意図から、
単に売買契約という法形式を借用するために作成されたものにすぎないのであって、取引の真実を表したものではない。
 つまり、本件取引は、本件購入土地及び本件差金と本件譲渡土地とを相互の対価とする一体不可分の権利移転合意、すなわち、三井不動産販売において本件購入土地及び本件差金を、原告らにおいて本件譲渡土地を、相互に相手方に移転することを内容とする交換契約(民法五八六条)であったというべきである。
 当事者の採用した法形式を偏重する契約解釈をし、かつ、これによって確定された私法上の反対給付によって、譲渡所得金額を算定すべきものとした場合、納税者は、その所有する不動産を他の不動産と交換するに当たり、全く任意の売買代金を定めて各別の売買契約書を作成するという法形式を採用しさえすれば、容易に譲渡所得金額を圧縮し得ることとなり、このような結果は、譲渡所得課税の趣旨を没却し、課税の公平を害するものというべきである。
(二)譲渡所得の課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属することとなった増加益を、当該資産が譲渡される機会をとらえて所得として把握しようとするものであり、その資産の価値ないし値上がり益は、その際に得られた対価によって顕現したものと見ることができるから、それに基づき算定するのが相当である。そして、当該資産の譲渡対価が金銭以外の物又は権利であるときは、譲渡人が対価として得た金銭以外の物又は権利は、同人においてその客観的交換価値をさらに金銭に換えられる可能性を常に有しているから、
当該譲渡資産は、譲渡により得られた金銭以外の物又は権利の客観的交換価値相当の価値に変換したとみるべきであって、譲渡人は、金銭以外の物又は権利の客観的交換価値を享受したというべきである。したがって、譲渡所得課税の目的からすれば、当該譲渡資産の対価が金銭以外の物又は権利である場合には、その対価である物又は権利の客観的交換価値すなわち時価により収入すべき金額を認識すべきであるということになり、所得税法三六条二項の規定は、右の趣旨を規定したものと解される。
 しかるところ、本件取引は、補足金付交換契約というべきであるから、本件購入土地及び本件差金が「対価」になる。したがって、本件差金部分については所得税法三六条一項本文、本件購入土地については同項括弧書き、二項を適用し、本件購入土地及び本件差金の合計額により本件譲渡土地の譲渡収入金額を算定することになる。
 また、所得税法三六条二項は、金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額と規定しており、右価額とは通常成立すると認められる取引価額、言い換えれば客観的交換価値をいうものと解されるところ、〔1〕三井不動産販売は、本件事業の一環として本件購入土地を総額七億九〇〇〇万円で取得しているが、取得のための三つの取引の契約金額は、いずれも国土利用計画法二四条三項に基づく不勧告通知を受けた金額であること、
〔2〕三井不動産販売が本件購入土地を購入した時期は本件購入契約と同日又は一ヵ月程度経過した後であることからすると、右三つの取引に係る契約金額は適正な時価を反映する金額であると認められることに照らせば、本件購入土地の価額(客観的交換価値)は、三井不動産販売が購入した金額の総額七億九〇〇〇万円から本件覚書により減額された金額三八五万六八八〇円を控除した金額である七億八六一四万三一二〇円であったと認められる。
 以上によれば、原告の本件譲渡土地の譲渡収入金額は、本件購入土地の価額七億八六一四万三一二〇及び本件差金一億八三八五万六八八〇円の合計額である九億七〇〇〇万円に原告の本件譲渡土地に係る持分二分の一を乗じた金額である四億八五〇〇万円となる。
 なお、本件覚書により減額された金額は、本件購入土地のうち〇・一一平方メートルについて隣地占有者の建物が越境していることに関して支払われたものであり、一坪当たり二五〇〇万円という金額を基礎に算定されているところ、本件土地の価額を九億七〇〇〇万円として計算すると、本件購入土地の一坪当たりの価額は二四六〇万余円となり、一坪当たりの単価二五〇〇万円をもって積算した価額に極めて近似した金額になる。このように、原告が、一坪当たり二五〇〇万円という金額を基礎に和解金額を算定したこと自体が、
原告自身が本件譲渡土地の時価を二五〇〇万円程度と考えていたことを如実に示すものであり、また、三井不動産販売が本件購入土地の底地権及び同土地上の借地権付き建物を合計七億九〇〇〇万円で購入した事実を原告が了解していたことを推認させるものである。

(三)仮に、本件取引が補足金付交換契約ではないとしても、本件各売買契約書に記載された売買代金額は、客観的交換価値及び対価的意義を有するものでないから、これを前提として、所得税法三三条三項及び三六条一項所定の総収入金額を算定するのは誤りである。 すなわち、契約による譲渡の場合、資産の増加益はその私法上の反対給付に具体化されるのが通常であるが、本件取引については、既に前記第二の三で述べたとおり本件各契約書に記載された売買代金額は、本件譲渡土地としての客観的交換価値を反映したものではない。
そもそも、本件取引においては、右売買代金額の如何にかかわらず、取引当事者である三者の条件が満たされれば、同一の経済的目的を達成することができたため、売買代金の額に各資産の交換価値を反映する必要など全くないのであり、現に本件売買契約書に記載された売買代金額も客観的交換価値とは遊離した単に計算上算定されたものにすぎないというべきである。したがって、このような売買代金額は、本件譲渡土地の増加益が具体化したものとは到底いえず、これを対価として譲渡所得課税をすることは、
対価のうちに具体化された資産の増加益に対して課すという譲渡所得課税の趣旨に反するものである。 そして、譲渡所得課税の趣旨からすれば、譲渡所得課税において総収入金額に算入される対価は、必ずしも私法上の反対給付に限られるものではなく、資産の値上がりによる増加益の具体化と認められる限り、当該資産の譲渡に起因しそれと因果関係のある利益を含み得るのである。
 以上によれば、本件各契約書に記載されている売買代金額をもって所得税法三三条三項及び三六条一項所定の総収入金額を算定することは誤りというべきであり、本件取引によって、本件譲渡土地の増加益の具体化として原告らが得た利益は何かを直截に認定することが、むしろ、右各規定の趣旨にかなうというべきである。
 このような観点から本件取引をみると、既に述べたとおり、原告らは代金ではなく、本件購入土地及び本件差金を取得できるからこそ本件譲渡土地を譲渡し、三井不動産販売も、代金ではなく、本件譲渡土地を取得できるからこそ、本件購入土地及び本件差金を出損したと認められるのであるから、原告らが本件譲渡土地の増加益の具体化として得た利益が、本件購入土地及び本件差金であることは明らかである。
(原告の主張)
(一)本件譲渡契約は、本件購入契約とは、別個独立のものである。原告がした取引は、いわゆる「土地の買い換え」であり、何ら特殊な取引ではない。
 同時に行われた別個の売買契約については、別個の課税の対象となると解すべきである。それぞれの対価が不当に安ければ、別の課税問題が生じるだけであり、譲渡土地の譲渡所得とは何ら関係がない。
(二)仮に、本件購入土地の価額を基礎として譲渡収入金額を算定することが不当でないとしても、三井不動産販売が、本件購入土地を取得した価格の合計たる七億九〇〇〇万円を、そのまま本件購入土地の価額と認定するのは、地上げした価格を正常な取引価格であるかのように取扱っている点で全く不当である。
 すなわち、本件購入土地は、もともと二人の借地人が借地権を有しており、かつ各々の借地上には、借地人が各々二棟の建物を所有しており、同建物内には、借家人合計四人が居住していた。これら借地人や借家人を退去の上明け渡させるには、借地権の価格のほかに、高額の立退料が必要であるし、建物の買取ないし収去費用も必要となる。借地人や借家人の立退を要する不動産の売買は、更地の売買価格とは全く違った値段設定になるのは当然であり、被告がこれらの事情を一切無視して、三井不動産の取得価額の合計を、
本件購入土地そのものの対価の基礎とするのは、余りにも乱暴な常識に反する判断と言わざるを得ない。
 ちなみに、三井不動産が、本件購入土地の所有者(底地権者)Aから購入するに当たっての国土法上の届出額は一億二〇〇〇万円であり、これに対し、不勧告の通知が出されている。ところが、実際の三井不動産販売の購入価額は、一億六〇〇〇万円であり、この差額の四〇〇〇万円は、立退料等の事情を反映したものである。さらに、一億二〇〇〇万円を、適正な底地価額とすれば、本件購入土地の借地権割合は七割であるから、同額を〇・三で除すると、まさに四億円となる。これは、本件購入価額たる四億円が、本件購入土地の適正価額であることを示すものと言える。
また、本件購入土地は、L字型で極めて「地形」が悪く、近隣の一時的取引価格よりは、かなり割安にならざるを得ない土地でもある。したがって、本件購入土地の対価は、四億円が相当と考えるに何の疑義もない。そして、三井不動産販売の底地の購入価格である一億六〇〇〇万円が正常な取引価格であると考えたとしても、これをもとにして右の方法で計算した本件購入土地の価格は五億三三〇〇万円にすぎない。
 なお、本件覚書による減額が、対象面積に比して割高なのは、もともと、本件購入土地が、L字型の不整形土地であるため、少しの利用面積の変更も全体の利用可能性に多大の影響を与えるものだからである。また、本件の代金減額は一種のペナルティーとして課されたもので、時価より割高となるのは当然であり、本件購入土地の時価の参考にはなり得ない。
(三)本件譲渡土地の時価
 本件譲渡価額たる五億八〇〇〇万円は、本件譲渡土地の取引相場に対応した適正額である。したがって、被告が、本件譲渡契約における譲渡収入金額の算定に当たって本件購入土地の価額を基礎とすることは全く不当である。
 すなわち、本件譲渡土地の前面道路である山手通りの東方五〇〇メートルの位置に東急東横線中目黒駅があり、その駅前の目黒区上目黒三―四―三に基準地がある。右基準地の価格は、一平方メートルあたり八九八万円であり、同地点の路線価は、平成元年度で一平方メートルあたり五〇三万円である。他方、本件譲渡土地の路線価は、平成元年度で、一平方メートルあたり二二五万円である。そこで、上目黒三丁目の基準値価格をもとにして、路線価の比率で本件譲渡土地の価格を算出すると、一平方メートル四〇一万六八九八円となる。
これに本件譲渡土地の面積を乗じてその価格を求めると、五億二三四〇万一八〇九円となる。したがって、本件譲渡契約における価額が低廉であるということはできない。

第三 判断
一 前記第二の二記載の前提事実、証拠(甲一、二、四、乙一ないし三、四(枝番を含む。)、五ないし九、一一の1ないし8、一二、一三の1ないし4、一四ないし一七、証人大澤の証言)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 本件開発土地の所有者であったAは、三井不動産販売との間で、昭和六二年一二月二三日付けで、本件開発土地を敷地とした共同ビルを建設する事業について合意書(乙一六)を締結した。右合意書においては、三井不動産販売において、本件開発土地上に存する九人の借地人の借地権を取得すること、共同ビルの建設に係るすべての費用は、原則として三井不動産が七〇パーセント、Aが三〇パーセントを負担することなどが定められた。
2 Aは、原告らに対して、昭和六二年一〇月二六日付けの「申し入れ書」と題する書面(乙八)により、本件譲渡土地を本件事業に組み入れるよう協力を要請するとともに、本件譲渡土地よりも若干広い土地を代替地として原告らに提供する用意があること、また、本件事業に参加する意思があるのであれば三井不動産販売などの関係者を交えて協議したい旨を申し入れた。
 原告らは、Aの申入れに対して、代替地の提供を受けて本件譲渡土地を譲渡する方向で検討し、本件譲渡土地を譲渡する条件として、原告らに税負担を含めて金銭的な負担が生じないことを希望した。
3 Aと原告らは、代替地を本件購入土地とすることについて合意したので、昭和六三年一月二五日付けで協定書(乙五)を締結し、原告らは、本件購入土地上の借地権者から立ち退きの確約が得られた上で、Aから申し出があった場合、本件購入土地と本件譲渡土地とを交換することを承諾した。なお、当時、右借地上には、それぞれ複数の借家人の使用する建物が存在していた。
 三井不動産販売は、右交換について、三井不動産販売が介入しない形で、本件購入土地の底地権者及び借地権者らと原告らとの間で直接に右底地権及び借地権と本件譲渡土地の(潜在的)底地権及び借地権を交換することを検討したが、原告らが本件購入土地の借地権者らと直接取引することが困難であったことから、原告らとの間の本件譲渡土地の取得及び本件購入土地の譲渡のいずれの取引についても三井不動産販売が当事者とならざるを得なくなり、
そのように不動産会社が間に入る以上、交換という形は取り得ないとの判断の下に相互売買の形とする方向で検討された(大澤証言一五一、一六八、一七〇、一八五項)。
 原告らも、譲渡代金から購入代金を差し引いて譲渡所得税を支払えるだけの現金が手元に残ることを前提として、相互売買の形とすることに応じていた。
4 三井不動産販売の担当者は、平成元年二月、本件事業に必要な土地の取得計画について、「東京都目黒区東山一丁目所在土地(借地権)取得の件」と題する書面(乙一一)を作成した。右書面において、三井不動産販売は、〔1〕本件購入土地上の借地権付き建物については、借地権者であるB及びCから、それぞれ代金二億五〇〇〇万円及び三億八〇〇〇万円で購入する計画であること、〔2〕本件譲渡土地については、本件購入土地の借地権の取得価格を右のとおりとする前提条件のもと、
原告らから、総額一〇億八八四六万二〇〇〇円で取得する計画であることが記載されていた。
右金額は、三井不動産販売として本件譲渡土地を購入する場合に国土利用計画法二四条の不勧告通知が得られる上限の価格として想定されていたものであった。そして、原告らは、本件譲渡土地の価格が一〇億八八四六万二〇〇〇円と記載された国土法の届出用紙の下書き(乙一三の4)を入手していた。他方、この時点においては、右価格で取引した場合に生じるA及び原告らにおける譲渡所得税の問題については検討中の段階にあった。
5 三井不動産販売は、平成元年三月一四日付けで、本件購入土地上の借地権付き建物を、借地権者であるB及びCから、それぞれ代金二億五〇〇〇万円及び三億八〇〇〇万円で購入する旨の契約を締結した(乙一、二)。
 なお、Aは、三井不動産に対して、平成元年三月一四日付けの「承諾書」(乙一七)において、三井不動産販売が本件開発土地に存する各借地権者から借地権を取得することを承諾するとともに、〔1〕本件譲渡土地の取得に際しては、同土地を七対三の割合で分筆し、その七を三井不動産販売が、その余をAが所有すること、〔2〕本件譲渡土地の買上げと本件購入土地の底地の売却に関するAの負担は、税金約六〇〇〇万円にとどめるべく話合い中であることなどを確認した。
6 三井不動産販売は、平成元年四月二六日付けで、Aから本件購入土地の底地を代金一億六〇〇〇万円で購入した(乙三)。右契約における代金の決定の経緯は、次に述べるとおりである。
(一)本件購入土地の借地権の取引金額が合計六億三〇〇〇万円であること、本件購入土地の借地権割合が七割であることを考慮すると、本件購入土地の底地の取引価額は、二億七〇〇〇万円とすることが考えられるが、その場合、Aの譲渡所得に係る税負担が約九〇〇〇万円となることが予想され、税負担を六〇〇〇万円にとどめるという同人の希望を満たせない。そこで、三井不動産販売は、本件購入土地の価額について、低額譲渡に当たらないよう留意しつつ、路線価を参考に、四億円とすることとし、これを基に、
三井不動産販売がAから取得する本件底地の価額をその三割(底地割合)に相当する金額である一億二〇〇〇万円とすることが検討された。
(二)しかしながら、前記5のとおり、Aにおいて、本件譲渡土地の持分のうちの三割を取得することを希望するに至ったので、本件底地の価額を一億二〇〇〇万円とした場合には、Aが右を取得するにつき資金不足を生じることとなったため、Aの負担する税金(諸費用等を考慮し、最終的に三井不動産販売がAから取得する本件底地の売買価額は、一億六〇〇〇万円と決定された。
7 三井不動産販売は、原告らから本件譲渡土地を取得し、原告らに本件購入土地を譲渡できる状況が整ったことから、右に関する契約の締結を検討したが、原告らが金銭的な負担をすることなく代替物件である本件購入土地を取得するという条件を達成するため、路線価を目安にして算定した本件購入土地の金額である四億円を参照して、右四億円に、原告らの負担することとなる税金、諸費用等に相当する本件差金一億八〇〇〇万円を上乗せして、本件譲渡土地の価額を五億八〇〇〇万円とし、その金額を代金額とする売買契約を締結した。
8 本件取引がされた後に、本件購入土地の一部を隣地の建物等が越境して占有していることが判明した。
 三井不動産販売は、原告らに対し、越境部分の土地と同面積の土地を譲渡するか、又は同土地の価格を売買代金から減額するとの案を提示し、後者については、本件購入土地の売買契約書に記載された売買価額四億円を基礎にして本件購入土地の一平方メートル当たりの単価を算定し、右金額に越境部分の面積〇・一一平方メートルを乗じて算定した二〇万九五二三円を減額する額として提示した。
 これに対して、原告らは、本件購入土地は元々地形が悪く使い勝手が悪いことから、面積の減少は軽視し得ないこと、右の隣接建物が特殊な構造であることが本件取引後に判明し、原告らが本件購入土地に建物を建築する際に右建物が傾くなどのトラブルの発生が予想されたことから、この問題に強い姿勢で臨むこととし、土地の単価を一坪当たり二五〇〇万円として、右越境部分の面積〇・一一平方メートルと面積〇・九一平方メートル(三井不動産販売がAから本件購入土地の
底地を買い受けるに先だって提出された国土法の届出書に記載された面積二一〇・九一平方メートルと本件購入契約において契約書に表示された面積二一〇平方メートルとの差)とを合算した一・〇二平方メートルを乗じ、これを二で除して算定した額である三八五万六八八〇円を和解金として支払を受けるという対案を示した。また、原告らは、土地全体を更地にして引き渡す義務が履行されない場合は本件購入契約を解除する用意があること、その場合はこれと同時履行の関係にある本件譲渡契約も解除される旨の通知をした(乙四の5)。
 交渉の結果、三井不動産販売は、原告らの案に同意することとし、平成二年八月二〇日付けの「売買価格変更等の覚書」により、本件購入土地の売買価額が四億円から三八五万六八八〇円減額されて三億九六一四万三二一〇円に変更され、右代金のうちの初回金以外の部分の支払期日が平成元年八月末日から平成二年九月末日に変更された。
9 本件各契約上、各代金の支払期日については、契約締結時に初回金として一億二〇〇〇万円を支払うこととされていたところ、原告らと三井不動産販売は、初回金については平成元年四月二六日に相殺処理した。
 その後、三井不動産販売は、原告らに対し、平成二年九月七日、本件譲渡土地に係る残金のうち自己負担分(七割)三億二二〇〇万円と、本件購入土地に係る残金二億七六一四万三一二〇円を相殺することとし、相殺後の本件譲渡土地に係る残金四五八五万六八八〇円を、銀行が発行する自己宛小切手により支払った。また、Aは、原告らに対し、右同日、本件譲渡土地に係る残金のうち自己の負担分(三割)一億三八〇〇万円を支払った。
二 本件各契約は一体のものとして交換契約と解すべきか否か
1 所得税法三三条一項は、資産の譲渡による所得を譲渡所得というとし、同条三項は、譲渡所得の金額は、当該所得に係る総収入金額から当該所得の起因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除し、さらに譲渡所得の特別控除額を控除した金額とする旨定めている。また、同法三六条一項は、収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入とする場合には、
その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする旨を規定し、同条二項は、第一項にいう金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額は、当該物若しくは権利を取得し又は当該利益を享受する時における価額とする旨規定している。さらに、同法五九条一項は、法人に対する資産の贈与や著しい低い価額での譲渡については、その時点における資産の価額によって資産の譲渡があったものとみなすとしている。
 これらの規定からすると、所得税法は、資産の譲渡が売買によって行われた場合には、それが同法五九条一項二号にいう著しく低い価額でない限りは、取引当事者が合意した代金額をそのまま収入金額とするのに対し、資産の譲渡が交換によって行われた場合は、交換によって取得した物等の客観的な交換価格をもって収入金額としていることが明らかである。他方、資産を有償で譲渡する法形式としては、民法上の典型契約として売買と交換が定められているが、両者の間には法律上一方が原則で他方が例外といった関係は規定されておらず、
その性質上、交換で実現し得ることは売買でも実現できるのに対し、その逆は必ずしも可能ではなく、歴史的には貨幣経済が未発達の段階では交換が主流であったのに対し貨幣経済の発展に伴ってむしろ売買が主流となった経緯があり、民法が売買について多くの規定を置きながら交換についてはほとんど独自の規定を置いていないのも、以上のような諸事情に基づくものと思われる。このような売買と交換との制度としての関係に照らすと、資産を有償で譲渡しようとする者は、それが交換によって実現可能なものであっても売買の形式を選択することが可能であり、
そのことは法的にみて特異な選択と評価されるものではないというべきである。そして、所得税法の前記の定めは、当然にこのような売買と交換との関係を前提とするものと解すべきものであって、このように自由に選択可能な法形式間において課税上の取扱いにのみ差異を設けている以上、納税者が選択した法形式に従った課税をするのが同法の趣旨であるとみるのが相当であり、納税者が選択した法形式を否認して他の法形式を前提とした課税をすることは明文の根拠がない限り許されないものというべきである。
2 このことは、売買契約又は交換契約が締結される際の取引の実情にも合致するものと考えられる。すなわち、売買契約は、売主が財産権を相手方に移転することを約し、買主がこれにその代金を支払うことを約することで成立する契約であるところ、具体的な契約は、経済活動の一環として行われているものであるから、両当事者は、その代金額を決定するに当たっては、当該財産権の客観的価値のみに依拠するものではなく、当該財産権に対する主観的な価値や、当該財産権の移転に伴う税負担の多寡など、様々な要因に依拠して決するのが通常である。
したがって、具体的な売買契約における売買代金は、必ずしも常に移転される財産権の客観的価値を反映したものとはなっていないものと解される。所得税法は、このような売買契約の実情にかんがみ、当事者間において合意された金銭による対価の額と移転される財産権の客観的交換価値との間に不均衡があり当該資産に係る増加益がみかけ上は過少であったとしても、原則としてこれに介入せず、結果として当該資産の増加益に対する課税が繰り延べられることになってもやむを得ないものとし、当事者が決定した代金額をもって譲渡収入金額を計算しようとする態度をとっているものと解される。
 これに対して、交換契約は、当事者が互いに金銭の所有権に非ざる財産権を移転することを約するものであり、交換される各財産権の客観的価値は、当事者が契約を締結するに当たっての動機形成要因の一つにすぎないことは売買契約と同様であるところ、交換契約を締結しようとする当事者においては、各財産権についてそれぞれ代金額を決定して格別の売買契約を締結することも可能であるにもかかわらず、そのような法形式を選択せず、交換契約を選択した結果、各財産権の対価について契約上表示されないこととなったことを考慮して、
法は、このような場合には、「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合」として、「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額」(所得税法三六条一項)をもって収入すべき金額としたものと解される。
 以上のとおり、所得税法は、売買契約における譲渡所得と交換契約の譲渡所得について、その課税標準を異にすることを容認し、前者については、当事者間で合意された代金額を原則として尊重するという態度に出ているものである。したがって、当事者間においてなされた二つの売買契約において、結果として双方の有する財産権の交換的な移転の要素があったとしても、そのことから直ちに、当事者間の意思の合理的な解釈として、二つの売買契約を交換契約であると認定することは、特段の事情がない限り許されないというべきである。
3 そこで、本件についてみると、本件譲渡契約及び本件購入契約がいずれも売買契約として締結されたことは明らかであり、この点について当事者の意思解釈をする余地はないと考えられる上、本件購入土地の売主は三井不動産販売のみであったのに対して、本件譲渡土地の買主は三井不動産販売及びAであり、Aは原告らに対して金銭を支払って本件譲渡土地の持分の三割を取得するという経済的目的を実現させる必要があったことからすると、原告ら、三井不動産販売及びAを当事者とする本件譲渡契約及び本件購入契約の内容を、
一つの単純な交換契約として法的に構成して実現することは困難であったものであり、また、Aと原告らとの間においては、金銭の支払と本件譲渡土地の一部の取得とが対価関係にあったものであるから、この観点からすると、本件譲渡土地に関して売買契約を締結したことは、むしろ自然なことというべきである。
 この点、Aが本件譲渡土地の一部を取得するという経済的目的を実現する法形式としては、原告らと三井不動産販売との間における本件譲渡土地と本件購入土地との補足金付交換契約を締結した上で、三井不動産販売からAに対して本件譲渡土地の持分(三割)を譲渡する売買契約を締結するという構成をとることも考えられるが、このような構成は、Aが本件譲渡土地の一部を原告らから取得するに当たり一旦三井不動産販売を経由するという擬制を含むものであり、当事者の一人であるAの真の経済的目的を直截的に表現していない点では、本件譲渡契約を締結する方法に劣る部分があるものといわざるを得ないのである。
4(一)ところで、前記一で認定した事実関係からすれば、本件譲渡土地及び本件購入土地に関して当事者が最終的に実現すべき経済的目的は、〔1〕原告らは、税金を負担することなく、本件譲渡土地を三井不動産販売及びAに移転する代わりに、Aの所有していた本件購入土地を取得すること、〔2〕Aは、本件購入土地を原告らに移転する代わりに、本件譲渡土地の一部を取得すること、〔3〕三井不動産販売は、本件譲渡土地の一部を取得することにあったところ、右の最終的な目的を実現する限度においては、三井不動産販売としては、必ずしも本件購入土地に関する契約の当事者となる必要はなかったものであるが、
本件購入土地上の借地権を取得する立場に立ったことから、本件購入土地に関する契約の当事者となったものである。その結果、原告らにとっても三井不動産販売にとっても、本件取引においては、本件各契約は、それぞれの契約が個別に締結され履行されただけでは、両者が本件取引によって実現しようとした経済的目的を実現できるものではなく、実質的には、本件譲渡土地と本件購入土地とが交換されるとともに、原告らの側で税金の支払に当てる費用等として本件差金が原告らに支払われることによって初めて、両者の本件取引による経済的目的が実現されるという関係となり、
その意味では、本件譲渡土地の譲渡と本件購入土地及び本件差金の取得との間には、一方の合意が履行されることが他方の合意の履行の条件となるという関係が存在していたものと考えられる。そして、原告らにおいても、本件購入契約に基づく義務と本件譲渡契約に基づく義務が同時に履行されるべき関係にあったと認識していたことは、前記一8で認定したとおりである。
 さらに、本件取引における本件譲渡土地の譲渡価額と本件購入土地の取得価額は、いずれもその資産としての時価等を基にして両者の間の折衝によって決定されたというよりも、むしろ、国土法の制約の下で許容される本件譲渡土地の譲渡額の上限額を前提として、本件取引により原告らの側で代替物件を取得した上に税金を支払っても損失とならないようにするという条件、Aが本件購入土地の底地を三井不動産販売に譲渡することにより本件譲渡土地の一部を取得する財源を捻出するという条件を勘案した上で設定された価格を、関係者が受け入れて、前記のとおりの額と決定したものであることが認められ、
したがって、本件取引においては、本件譲渡土地及び本件購入土地の個々の客観的価値自体については、必ずしも交渉の対象とはされていなかったものといわざるを得ない。
(二)しかしながら、ある経済取引を行うに当たって一連の契約がなされた場合、その一部が全体にとって不可欠なものとなることはむしろ当然であって、全体として同時に履行されるべき関係にあるからといって、そのことから直ちに、当事者間で明示的に合意された各契約の契約類型を他の法形式に引き直すことができる根拠とならないことは明らかである。また、前記1及び2のとおり、売買契約における売買代金額は、当事者の合意によって定まるものであって、それは必ずしも客観的価値をそのまま反映しなければならないものではなく、
また、税法上も、売買契約における譲渡所得を常に移転される財産権の客観的価値と一致させるべきとの扱いにはなっていないのであるから、当事者が、税負担の問題を含めた様々な取引条件を勘案の上、客観的価値と異なる代金額を定めたからといって、そのこと自体から、売買契約の契約としての類型性が失われるわけではない。
5 以上によれば、本件取引について、当事者が選択した二つの売買契約という法形式を交換契約であると認定するに足りる特段の事情があるとはいえない。したがって、本件取引は、原告らが三井不動産販売に対して本件譲渡土地を代金五億八〇〇〇万円で売却するとともに、三井不動産販売から原告らが本件購入土地を代金三億九六一四万三二一〇円で購入したものと解すべきである。
三 本件譲渡契約において合意された売買代金をもって譲渡収入金額とすべきか否か
1 前記二で判示したとおり、原告らは、本件譲渡契約に基づき、代金五億八〇〇〇万円で本件譲渡土地を譲渡したものであるから、右金額をもって譲渡収入金額とすべきものと解される。
2 被告は、本件取引が補足金付交換契約ではないとしても、本件各売買契約書に記載された売買代金額は、客観的交換価値及び対価的意義を有するものでなく、本件譲渡土地の増加益の具体化として得た利益を適切に反映したものと認められないから、これを前提として、所得税法三三条三項及び三六条一項所定の総収入金額を算定するのは誤りである旨主張する。
 そこで検討するに、本件取引を、本件譲渡契約と本件購入契約の二つの契約によって構成されると解する以上、譲渡所得の課税要件の判断は、右各契約によって生じる法律効果たる金銭の移転を基準としてなされるべきであって、契約上の売買代金額をもって収入と解するほかはなく、各契約書に記載された売買代金額が客観的交換価値を表示しておらず経済的な意味において対価として不適切であるとしても、右客観的交換価値を収入と解することはできない。
 すなわち、譲渡所得に対する課税は、資産が譲渡によって所有者の手を離れるのを機会に、その所有期間中の増加益を清算して、これに課税する趣旨のものであり、売買によって資産の移転が対価の受入れを伴うときは、右増加益は対価のうちに具体化されるので、これを課税対象としてとらえたものであると解されるところ、資産が著しく低い対価によって法人に譲渡された場合、資産の増加益に対する課税が繰り延べられるのを防止するために、時価による譲渡があったものとみなして課税が行われることとなっている(所得税法五九条一項二号参照)が、右に該当しない場合については、
当事者間において合意された金銭による対価の額と客観的交換価値との間に不均衡があり当該資産に係る増加益がみかけ上は過少であったとしても、法はこれに介入せず、結果として当該資産の増加益に対する課税が繰り延べられることになってもやむを得ないものとする法制が取られているところである。このような法制からすると、本件取引においても、仮に本件譲渡土地が客観的交換価値に比較すると低い価額で他に譲渡されたこととなり、これによって原告らの譲渡所得に対する税負担が軽減されることとなったとしても、その譲渡が右の著しく低い対価による譲渡に当たらない以上、
その軽減された部分に対応する課税負担は後に繰り延べられることを法律自体が予定しているものというべきである。また、本件譲渡契約が所得税法五九条一項二号に該当するとの主張もない。
 よって被告の右主張は採用できない。
四 右に検討したところからすると、本件取引が本件譲渡土地と本件購入土地との補足金付交換契約であることを前提としてされた本件更正処分は、その余の点を判断するまでもなく、所得金額及び納付すべき税額を過大に認定した違法なものであり、かえって、原告のした確定申告には違法事由が見当たらず適正なものであったというべきことになる。
五 結論
 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第三部
裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 谷口豊 裁判官 加藤聡


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